カタラーナを召し上がれ

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「七瀬先輩!」  廊下を歩いているといつものように呼び止めてくる声があった。声変わりしたのか、と思ってしまうほど高く可愛らしい声は、まさに尻尾をふるチワワのよう。 「何?」  振り返ると同時にブラウスのポケットから片手を引いて、その上にリボンで包装されたスイーツが置かれた。手の平サイズの形状といい、軽さといい、これはきっと。 「クッキーです。食べてください!」  ニッコリと微笑むその両頬にはえくぼができた。可愛いと話題のえくぼが。悪い気はまあ、しない。 「ありがとう。あー伊織」  2年生に進級した途端に懐かれたらしく。入学式を終えた次の日からちょこちょこと後ろを追ってきた前原伊織は、そのかわいらしい名前と外見と性格で、一気に弓道部の人気株の一人となった1年生の後輩だった。基本的に面倒見のいい女子も多い弓道部において、いろいろと声を掛けられ、可愛がられているのに、なぜかほとんど何もしていない私に積極的に関わろうとしてくる。先の夏の大会では、同級生と思われる女子からも黄色い声援を浴びていたはずだが。 「今日の部活あとさ、バイト休みなんだけど」 「知ってますよ! もしかしてデートしてくれるんですか!?」  期待を膨らませるみたいに目を輝かせる伊織。ここまではっきりと好意を示してくるのは、ある意味すごいと感心はする。 「いや、偶然一実もバイト休みらしいから、いつものように一緒に過ごそうと思って。伊織の家空いてる?」 「もちろんです! そしたらどうしようかなぁ。あ、すぐに出せるやつ冷蔵庫に入れてるんで! それでいいですか?」  すぐに出せるやつというのは、もちろんスイーツのことだ。伊織の趣味はスイーツづくり。その繊細な指先が部活にも有利に働いているのかもしれない。 「なんでもいいよ。じゃあ、またあとで」 「はい! あっ! クッキー早めに食べてくださいね!!」  もらったクッキーをポケットに入れて、屋上へと向かう。最近は先客がいないから、余計なこと考えずに過ごすには、校内の中であそこが一番快適だった。
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