カタラーナを召し上がれ

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 さすがに夕方になると風は冷たかった。冷えた風が頭も心も冷ましていく。 「七瀬先輩」  扉が開いて伊織が優しく声を掛けてきた。大きな絆創膏が貼られた顔に胸が痛む。伊織はそんな私の気持ちに気づくことなく近づいてくると、私の手を取ってタッパーを置いた。 「装飾する時間はなかったんですけど、先輩のために取っておいたカタラーナです」 「あ、ありがとう」  なぜか視線を真っ直ぐ見られない。夕陽が照らすその顔は、とても輝いて見えた。 「冷たいうちに食べましょう」  金色のフォークを渡すと、私の横に座って自分の分のタッパーを開けた。私もその横に座って、タッパーを開けた。綺麗に整えられたカタラーナは、スイーツ専門店で買ったと言っても疑われることがないくらい美味しそうだった。実際に少し焦げたカラメルと、舌に乗せると溶けていくカスタードは絶妙だった。 「ねえ、何があったのか聞かないの?」  カタラーナを食べ終わった後でずっと気になっていた質問を投げかける。伊織は残ったカタラーナをフォークで刺した。 「カタラーナって表面の部分がパリパリになってるじゃないですか」 「うん」 「でも、カラメルから先はとても滑らかなんです」 「それが何?」 「カタラーナって先輩……いや、七瀬みたいだなって」  急に低くなった声が内緒話をするみたいにくぐもった。 「七瀬って外見はすごい目立つけど、中身はすごい繊細にできてるって。何だろうパッと一目見てわかったっていうか。ずっとそんな気がしてたんだ。だから――」  だから? 気づけば私は吸い寄せられるようにその目を見つめていた。それこそとろけるような甘い瞳を。 「だから、もう一度言います。俺と、付き合ってください。俺は絶対、七瀬を苦しませたりしないから」  急に恥ずかしさが込み上げてきて、私はそれを隠すように伊織のカタラーナを食べた。 「先輩?」 「……もう先輩じゃないよ」  ポカンと口を開けた伊織の髪の毛を触る。くしゃっとした感覚が、くせになりそうだった。  だから、もう決めた。  掌を重ね合わせて、私たちは屋上を後にした。
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