海賊の頭蓋骨に挿した薔薇

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もう内容は覚えていないが、デレク・ジャーマンという映画監督が‘ブルー’という映画を発表した初日、私たちは早稲田松竹の映画館に一時間ほど並んだことがあった。退屈な映画だった。なにせ画面は濃淡に差があるとはいえ青一色しか投影されず、不安定な気分に誘うようなサイモン・フィッシャーの音楽を従えて語られる陰鬱気味なジャーマンの思想と郷愁は、少なくとも一般大衆に対して優しい映画として完成しているとは言い難かった。しかしだからと言って途中で退席することは考えつきもしなかった。彼はこの映画についてこう言及している、‘この映画は感傷的ではない。私や私と同じエイズ罹患者が現実に置かれている状況を反映していない他の映画とは違う’と。 観終えたあと、鑑賞中に飲もうと思っていたコーラの瓶に一切触れていないことを思い出して、彼女に笑われながら集積所で一気に飲み干した。地面にはポテト・チップスの油やトマト・ケチャップの眼球を抉るような毒々しい赤が散らばっていて、それを塗り替えるように軽快に笑う彼女の横顔が余りにも凄絶で、網膜が悲鳴をあげる。私は呆けながら見つめていたのだ、集積所を覆う網が潮風に吹かれて一部飛ばされていて、それを追いかけるように少し背伸びすれば見える青い海を捉えた彼女の瞳もまた碧眼だった。
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