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「ねぇ、どう思う?」
彼女はなんてことないように尋ねる。
「映画のこと?」
わからないフリをするには私はまだ技巧が足りていなかった。尋ね返した答えは少しふるえていた。
「それしかないじゃない」
小さく笑う。
「そうよね。・・・目を閉じているのか開いているのか、わからなかった。ジャーマンの声は子守唄みたいね。彼の言う詩的なことも難解なことも、全てが稚児のために誂えられたおくるみのような感触があった」
「どの台詞が印象的だった?」
「覚えていない。どの台詞も、一度脳に留めるんだけど、また後から溢れる言葉に流されていって、はっきりとしたことはなにも残らなかった」
「そう」
そのとき、彼女は告白したのだ。自分の目には海が青く見えるのだ、と。
なぜ、そのタイミングを選んだのかはわからない。推測するのなら、彼女は私が‘覚えていない、後から溢れる言葉に流されて’という感想を赤裸々に言ったことで多少の安堵感を覚えたのだろうか。私は記憶力が大して優れているわけでもないから、別の言葉を押しつければその告白もなかったことになるのではと、期待していたのだろうか。彼女はしゃがみ込んで、一滴もアルコールを含んでいない口から酔っ払いのような笑い声をあげて、それから泣いた。彼女のむずかる声が、彼女の目に映っている海が青いという事実を押し流そうとするのをなんとかして留めようとしながら、私は海に飛び込んでしまいたかった。
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