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今朝、登校しようと玄関を出てはたと気づいた。既に昨日から夏休みに入っていたのだ。通学路の中途にある私のアパートの前の通りに普段から屯する学生が一人も見当たらず、そこでようやく夢から覚めた心地だった。きちんと顔を洗い、朝食を摂り、歯を磨き、制服に着替え、靴を履いて、空洞のような印象が拭えないアパートの奥に返ってくることのない‘いってらっしゃい’を求めながら「いってきます」と呟いたのに、どうしたことか、私は夢のなかにいたのだ。
死にかけの蝉が降ってきた。威嚇音のような羽音をあげながら纏わりつくそれを手で払い退けて靴箱に靴を戻そうとしたとき、聞き慣れた声が鼓室をノックした。
「ねぇ、ブルーがレンタル開始したんだって。ようやく、だね。行こうよ」
彼女が乗ってきた自転車は片方のペダルが欠けていて、下り坂は問題なかったが、平坦な道、上り坂はなかなかに苦労した。茹だるような炎天下、血飛沫のように飛び散る汗に途轍もない吐き気を覚えた。気づいているのかいないのか、彼女は話しかけることをやめない。ああ、私の意識を押し流そうとしているのだろうか。
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