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レンタルの日数は二日か一週間、どちらかを選ぶように言われて、私は一週間にして好きなときに観よう、と提言したが、彼女は二日以内に最後までノンストップで観る、と言い張って、結局その通りになった。奥に陳列されているファンタジー系の映画のコーナーには暇を持て余した小学生が群がって、同じシーンを壊れたように繰り返す宣伝用のテレビに齧りついてはしゃいでいた。歓声が湧き起こる度に、安っぽいレンタル・ショップの床は激しく軋み、おんぼろの扇風機の羽が一枚、また一枚と綴りから外れていくのを流し目に捉えながら、彼女が見せないようにとさりげなく隠している左頬の青痣を思った。
「なんで殴られたの?」
露骨な私の問いかけに彼女は柳眉を一度はっきりと顰めたうえではぐらかした。それでも尚追及すると、「海が青いせいよ」と答えた。
「海が青いせいよ。ママの目には赤く見えている。パパの目にも、弟の目にも、祖母の目にもね。ママ、最近になって少しヒステリックなのよ。パパは止めないし、弟は幼いからわかっていない、祖母は耄碌としていて用を為さない」
「児童相談所でも行けば?」
「訊いておきながら酷い言い草ね」
乾涸びた声帯を隠すように張りのある声音で彼女は高らかに笑った。少し伸びすぎた前髪から滴る汗に気を取られて、危うく自転車が行き交う車の後輪に巻き込まれそうになる。彼女はそれをぼんやりと眺めて、私はもういいか、と思ってハンドルを手放す。雷が劈くような音が空虚な辺りに響いて、粉々になった自転車を尻目にアパートへ帰った。彼女は夢遊病者のように後を着いて来た。
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