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こぽこぽ。
こぽこぽ。
耳に響くそんな音に、勇樹はゆっくりと目を開けた。
視界の全てを薄く覆う青が、口からこぼれた吐息を天井へと運んでいく。
こぽこぽ。
これ以上それを失ってはかなわないと口をしっかりと閉じ、ゆらりゆらりと周囲を見遣る。
左右に首を振るたびに、自分の髪が黒く周囲に揺らめいた。
こぽこぽ。
また音が聞こえた。
自分ではないはずだ。だってこうして口をしっかりと閉じている。
勇樹は辺りを見渡して、薄い青の向こうに彼女の姿を見つけた。
いつもはきらきらと輝く瞳を閉じて、青の中に揺蕩う彼女を。
そういえば、と勇樹は思った。
僕は確か、捜しに来たんだ。
彼女を。
こぽこぽ。
聞こえた音は、彼女の口から湧き出る吐息。空気を失い、少しずつ少しずつ、沈みゆく彼女。
駄目だ、と思った。
彼女だけは、駄目だ、と。
優しい彼女を、青には渡せない。
こぽこぽ。
音は止まらずに耳に響く。
伸ばした手に、先を急ぐ足に、青は好き勝手に絡みついて来る。
動きにくい青の中を、勇樹はゆっくりと彼女の元へ進んでいく。
手を伸ばして、何度も何度も青を掻き分けて。
彼女の手に触れた。
こぽこぽ。
揺れた途端、彼女の吐息がまた青に奪われていく。
比例するように重くなる彼女の身体に、勇樹は慌ててその口を、自らのそれで塞いだ。
こぽこぽ。
彼女の口と自分の口の端から、はみ出た吐息が零れていく。
少しずつ、少しずつ。自分の中の空気を、彼女の中へと押し入れて。
少しだけ、彼女の目が、開いた。
ほっと、胸を撫で下ろす。これで大丈夫だ。そう思って。
こぽり、と自分の口から吐息がこぼれた。
ほんの少しだけだった。
彼女へと渡せなかった空気の粒が、ひらりひらりと青の中を泳ぐ。
ぼんやりとした様子だった彼女の目に、光が灯るのが見えた。
慌てた様子で口元を手で覆い、こちらに手を伸ばしていて。
僕はそれを、拒んだ。
こぽこぽ。
いよいよ最後の吐息が零れた。
だんだんと遠くなっていく意識。それと同時に、重くなっていく身体。
彼女がまた、こちらに手を伸ばそうとして、苦しくなったのか慌てて上へと昇って行く。
そう、それで良いんだ。
僕はそれを、選んだんだから。
こぽこぽ。
聞こえるはずのない音が聞こえた。
耳に残ったその音はきっと。
僕から命が零れていった。
そんな音だったのだろう。
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