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第一章 白いヴァイオリン
遠くから聞こえるブラスバンドのぼやけた響きが、放課後の空気を緩やかに揺らす。暑さと湿度と疲れと度の合わない眼鏡とブラスバンドの響きとで、物体と物体との境界が曖昧になるような感覚に陥る。首から下げられた黒い一眼レフが歩く度に揺れ、その重さが余計に倦怠感を煽る。
目の前を歩く高く細い背中を見つめる。短く切られた髪で露出した首筋には、汗が滲み流れている。
「暑いですし帰りましょうよ」
「馬鹿言うなよ」
不平をこぼせば、笑い声混じりの返答が返ってくる。わざわざ顔を半分こちらに向けて。
目の前を歩く先輩――大久保 幸介は新聞部の創設者であり部長である。そうして私――明日葉 月穂は新聞部の部員である。
歩幅の合わない相手に小走りになりながらも、首にかけたタオルで汗を拭いつつ付いていく。
「弦楽部…ですよね」
「ああ、いつも通り頼んだぞ」
「…友人の写真だけでいいですか」
「それは友人にも俺にも怒られる案件だな」
今日の取材先は弦楽部であると予め知らされている。そこには私の友人である翠川奈津子という少女が所属している。
我らが弦楽部は十年ほど前に設立されたばかりの部である。つい昨年、同好会から部に昇格した所である。未だ部員数は十人弱と小さいながらも、今年は5人の新入生が入ったと、奈津子が4月の終わりに喜んでいた覚えがある。
しかしコンクールへの出場記録はなく、精々文化祭の視聴覚室のタイムテーブルに組み込まれている位の、小さく細々と活動しているところだ。一体何を取材するのか、大久保はいつも重要な所をはぐらかす。
お互いに何も言わず、先輩は何かを考えているように歩き、私は先輩の後を数歩遅れで付いていく。どうせあと数分も経てば、自ずと理由も目的もわかる。私は無駄に尋ねることもなく、口を噤んだ。
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