第一章 白いヴァイオリン

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二階の踊り場に進出している軽音楽部を横目に、三階に向かう。三階からは金管楽器の華やかな音が聞こえるばかりで、弦楽器らしき音は未だ聞こえない。 クーラーの効いていない階段を昇り切れば、すっかり汗まみれだった。三階の踊り場の窓から外を眺めていた大久保は、こちらの姿を認めればまた歩き出した。私も適当に腕で額の汗を拭い、大久保の背へと歩を進めた。 廊下を進めば何人かのクラスメートを見つけるものだから、小さく片手で挨拶をしつつ吹奏楽の波の中を潜り抜けていく。木管楽器の柔らかな響きが、背中を掠めた。 「お、あれが部長だ」 廊下のどん詰まりの窓辺に、すました顔で外を見ている背の高い華奢な女生徒が立っている。窓が開いているのか、長い黒髪が丸みを帯びて流れている。 大久保が大股で女生徒に近付く。それに付き従えば、伴って弦楽器らしき音が聴こえ始めてくる。 「よお、部長さんよ」 「あら、大久保。早かったわね。もう少し待ってくれないかしら。部員がまだ集まりきってないのよ」 悩まし気に眉が寄せられ、細長い健康的な指が触り心地の良さそうな頬にあてられた。夜をそのまま染めたような髪が、少し汗ばんだ首筋を流れ膨らんだ胸元で止まった。 その蠱惑的とも言える仕草に対し、大久保は呆れたような盛大な溜息をつくだけであった。 「大方、通達を今の今まで忘れていただけだろう」 「うふ、バレちゃったわね」 口角を上げると、膝丈のスカートを翻して傍らの教室のドアを徐に開けた。一際大きく、のびやかな音がドアの先から漏れ出た。 教室を覗き込めば、小さな木製の楽器を顎に挟んだ集団が数人、椅子に腰かけ楽譜と楽器を交互に睨んでいる。その中には友人の奈津子も含まれていた。
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