ある酒場から 1

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 「魔獣の一匹二匹で得意になっちゃって」。ある時、そんなことを呟いた女がいた。その辺りでは評判の美人であったが、気が強くわがままな女で、この不用意な一言が破滅を導いた。女の声を聞いた時、不意に、デルーガの心が波立った。何故かはわからないが、猛烈に、この女の冷え切った蔑みの目を自分のものにしたくなったのだ。  デルーガは、欲望のままに女を斬った。魔獣を討った魔法である。女は恐怖の顔で死んだ。それがデルーガの心をとらえた。  デルーガは、より背徳的で、より緊張感を伴う刺激を求めて、町の女を襲うようになった。ある時などは妊婦を殺害し、その腹を切り裂き、取り出した赤ん坊をも切り刻んだという。そうして、その首に高額の賞金がかけられ、今も逃走中という噂である。 「奴は、魔獣の邪気に当てられ、正気を失い、そしてあの事件は起きたのだ……」 己を誇示するための物語は、凶悪犯の罪業を強調することで更なる成功を呼ぶものと信じたのであろう、過剰に芝居がかっていた。己の下手な芝居に陶酔した様子の口髭の旅人は、賞金首デルーガに憐憫の情を抱いているかの表情を見せた。あの男も元は善良な男であったのだと。自分は哀れにも狂ってしまった(・・・・・・・・・・・)男に引導を渡してやるために彼を捕らえたのだと。そう、それは正義の行いであり、断じて賞金目当ての私欲のための行動ではない、自分は清廉潔白の勇士なのだ、と、埃まみれの髭男はそんなようなことを言いたいらしい。      
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