ある酒場から 1

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 客の中には、口髭の旅人の話に聞き入る者もないではなかった。"切り裂き"デルーガの名を出したのは確かに効果があったのだ。こうして話を聞いてみれば、使い込まれた腰の拳銃も、汚れたマントも、穴のあいたテンガロンハットも、節くれだった手指も、すべてが強者の装備品に見えてくる。実際、そういう男だと見えたから、口髭の旅人の勝利に賭けた人間もいたのである。そうして、これほどの勇者が易々と負けるだろうかという疑問が聴衆に共有され始めた。  彼らの視線は、自然、ゲームの勝者に集まった。その機を口髭は逃さない。旅の垢にまみれた汚い指が、今はその垢もまるで勲章のように誇らしげに、相手を指さした。 「この男は!卑怯にも、神聖なる男同士の勝負に魔法を使ったのに相違ない!」 客の中にはあからさまに眉をしかめた者もいたが、無論旅人の目には入らなかった。酒場の早撃ちゲームは、純粋に銃の腕を競うためのものであり、酒の強さを試すためのものであり、度胸を誇るためのものである。このゲームで魔法を使うのは違反行為であり、恥ずべき卑怯者の行為だと、わかりきっていることを大騒ぎして旅人は責めた。  "卑怯なる勝者"は、旅人にも、それに同調する声にもこたえず、ぼんやりと口髭の自慢話は放置していたのだが、さすがに旅塵まみれの罵声に指をさされて煩わしく思ったらしい。彼はカウンターに座ったまま、目線だけを上げて相手を見つめた。その瞳は黄味がかった緑色で、ヘーゼルグリーンとでも称すべきであろうか。新緑のきらめきを宿した瞳は驚く程に澄んでいる。まるで、少年のそれであった。     
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