ある酒場から 1

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 旅人は平気な顔で黙したままの青年に汚れた髭を震わせた。自分を見上げるヘーゼルグリーンの瞳が無機質な宝石のように見える。こんな女のような顔をしたチビが、俺をなめやがって!そういう気持ちが、イライラと男のプライドを刺激しているらしかった。  いや、イライラしていると思っているのは旅人だけかもしれない。この時点では自覚できていなかったが、実は彼は恐怖していたのであった。青年の視線に、つい先刻の早撃ちで砕けたグラスの音が耳によみがえるようである。大仰に喚きたて、不正(と、この男は信じていた)を暴こうとしてはみたが、この小柄な青年の早撃ちは確かに恐怖すべきものであった。ゲームでは客や店主にバレないように魔法を使ったのに違いないが、もしも今、本気の魔法を使いでもしたら、あるいは……そんな恐れが、ヘーゼルグリーンの瞳に反射して渦巻くようであった。  しかし、己が怯えているなどという事実を易々と受け入れられる程、旅人の度量は大きくはなかった。心の動揺を相手に、いや、己自身にすら悟らせまいと必死に威張っているつもりだが、青年は相変わらずまったく無感動に口髭を見上げてくる。澄み切った瞳にすべて見透かされているようで、男はまた髭をブルブル震わせた。     
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