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大火
文化三年、三月三日。その日は店でものを三つ買うと、何かとおまけがついてきた。
縹之介は商家の修繕の仕事を終え、甘味屋であさぎに何か買ってやろうとしていた。
六年前に銀の鋳造所が蛎殻町に移されてからも「銀座」の名はまだこの地に残っている。当時の賑わいには負けるが、今でも大きな繁華街の一つと言ってもいいだろう。
「よう、はなだの」
よく通る太い声に名を呼ばれ、縹之介が振り返る。そこには見事な筒描藍染の、鳳凰柄の半纏をまとった、体格のいい大男。
「お頭」
「今日の仕事は終わりか?」
「へい」
主人に懐いた犬のように嬉しそうに飛び跳ねながら、縹之介は頭取に走り寄った。通りを歩く多くの女性が、熱い視線を向けている。気性が荒い町火消しら「も組」を束ねる彼だが、温厚なことでよく知られていた。
「甘いもの買うのか? お前、しょっぺえのが好きだったろ」
「あ、えと。俺のじゃなくて」
縹之介が口籠ると、頭は察しがついたのか、にんまり笑った。
「俺の知り合いの甘味屋がよ。練羊羹てのを試作してるんだと。ちょっと覗きに行かねえか」
目立つ半纏の男は、一目見れば町火消しの頭取だと分かる出で立ちだった。相変わらず行き交う人々の目を引いているが、もう慣れっこなので本人は気にしない。彼と歩くことで縹之介も誇らしかった。頭取と言えば、「江戸の三男」の一つなのだ。
「そういや明日、暇だったら芝居小屋に行かねえか。俺の分はタダだからよ。お前とあさぎの分は俺が払ってやるよ」
直接想い人の名を挙げられ、縹之介は真っ赤になって目を剥き出しにした。玉のような汗が額に浮かび、阿呆のように口をパクパクさせているのを見て、頭取は思わず噴いた。
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