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ヨウは、自分の精液がヒドラのように水中を漂うところを夢想した。ソファを裂いた切先は乳房を傷つけただろうか。赤黒いシミがこぼれて、床にまで続いていた。
ドラム缶をのぞき込むと、水底は思いのほか深く、これを設置して水を張った誰かの意図が、ヨウの心臓を冷やした。
「軽率な冒険心で、子供たちは次々と命を落とす」
強い体臭と小便の臭いがした。ドス黒いボロを着た男が入口を塞いでいる。男は、ぬるま湯のような声で続けた。
「お前の場所で、お前に出来ることをしていろ。出て行け」
「ここはなんですか」
突然、ヨウの耳元で、ワアワアと雑踏の音がした。体が重くなり、膝をつく。鼻をつまみたいが、腕が動かない。胃が、ヨウの意に反して、喉元にせり上がって来た。
「早く逃げろ」
枯れ葉が砕けるようなスクリームだった。歯がない口。眼球が細かく震える。
ヨウの脚が、乱暴に開けられた2つ折りの携帯端末みたいに伸びた。首筋にたっぷりと水をかぶった。ドラム缶はいつまでも鳴動を続けた。終末の鐘の音だ。
「奥へ進むんじゃない」
あと三十分で死ぬみたいに、男が言った。
「俺の横を抜けて出口へ向かえ」
「あんたのいうことを聞きたくない」
「そうだ。出ないといけない」
男はヨウの鼻を口で覆い、息をゆっくりと吐いた。ヨウの口から溢れ出た吐瀉物が、コップが割れるような音を立てて床に落ちた。
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