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 ――蒼は、聖の死に関して、取り乱した藍子の姿をこれまでただの一度も見たことがなかった。気力をなくし、弱っている姿は何度も目にしたことはあったが、泣き喚いたり、混乱したり。そういう様子を藍子は頑なに蒼に見せようとはしなかった。姉のプライドなのか、それとも、彼女がまだ自分の中で整理できないから、そもそも取り乱すといったことが起きないのか。  蒼には分からなかった。ただ一つ、思うことは、一見、普通の生活を送れているように見えて、おそらく藍子は、まだきっと、三年前のあの日に、ずっと取り残されているのではないか、ということだった。  仏壇の花の差し替えは定期的にされているし、きちんと線香も上げているようだが、藍子は、蒼の前で、聖の話題をいっさい出さなくなった。  聖が亡くなったあの日から、ただのひとことも、触れようとしない。  これはとても不自然なことだった。  聖の生前、藍子と蒼二人でいるとき、必ずと言っていいほど聖の話題が上がったし、藍子は彼のことをよく話したがった。きっと、新しく家族ができて、一番嬉しかったのは藍子本人のはずだ。  藍子は感情表現が豊かで、よく笑うが、今ではその笑みも、どこか虚しく、空っぽに見えた。唯一、青木ゆうの話をするときだけは、藍子は以前のようなきらきらとした明るい笑みを浮かべるのだが。  彼女の仕事の資料と共にあった、二人のツーショット写真。  ――姉は、あの写真を見て、何を想ったのだろう? 何を感じたのだろう?  深夜、仕事をしながらふと、亡き夫のことを思い出し、わざわざ押し入れの奥にしまっているアルバムから引っ張り出して、彼女はどんな表情で、あれを眺めていたのだろうか。  懐かしさを覚えたのか、虚しさを感じたのか、悲しみに暮れたのか――。  今はもう会えない、愛する夫である聖との思い出――。  蒼の拳が、ぶるぶると震える。  ――駄目だよ、聖さん。俺だけじゃ、やっぱり力不足だ。 「……いや、何でも、ない」 「そ?」  藍子はソファーから立ち上がって、洗面台へと向かった。そんな彼女の後ろ姿を、蒼はどうしようもない無力さを噛み締めながら、ただじっと、見つめていた。
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