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「あっつ……」
気温三十度。地面がアスファルトで覆われている都内は、一歩進むたび、足元からじりじりと焼き付くような暑さをもたらしていた。
蒼は額から流れる汗を拭った。拭っても拭っても、温泉のように絶え間なく皮膚から汗が吹き出してくる。今日に限ってタオルを忘れたのは痛い。
平日の真っ昼間、蒼は藍子のマンションに向かって、炎天下の中を歩いていた。
普段、藍子とはメールでやりとりをしている。
こうして姉の家に出向くときは前日に必ずメッセージアプリで連絡を入れる。
藍子は藍子で、彼女はかなりズボラなので、既読だけつけて返信のメッセージは送らないのがほとんどだ。ただ、昨日は既読すらつかなかった。それが余計に、蒼の心配を駆り立てた。
――大袈裟、だろうか。
たかが、既読がつかないだけで。たかが、姉のことで。
でも――と、蒼は思い返す。
三年前、聖を失った直後の藍子は、見ているこちらが気の毒になるほど疲弊し、衰弱していた。全てを失ったかのように抜け殻になり、蒼が声をかけなければ一日中仏壇の前から動こうとしない、あの、空っぽになった姉の姿が、蒼の脳裏に鮮明に焼き付いている。
――姉さんだけじゃない。三年前に取り残されているのは……
蒼は、唇を噛み締めた。
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