9/14
前へ
/65ページ
次へ
*** 「あっつ……」  気温三十度。地面がアスファルトで覆われている都内は、一歩進むたび、足元からじりじりと焼き付くような暑さをもたらしていた。  蒼は額から流れる汗を拭った。拭っても拭っても、温泉のように絶え間なく皮膚から汗が吹き出してくる。今日に限ってタオルを忘れたのは痛い。  平日の真っ昼間、蒼は藍子のマンションに向かって、炎天下の中を歩いていた。  普段、藍子とはメールでやりとりをしている。  こうして姉の家に出向くときは前日に必ずメッセージアプリで連絡を入れる。  藍子は藍子で、彼女はかなりズボラなので、既読だけつけて返信のメッセージは送らないのがほとんどだ。ただ、昨日は既読すらつかなかった。それが余計に、蒼の心配を駆り立てた。  ――大袈裟、だろうか。  たかが、既読がつかないだけで。たかが、姉のことで。  でも――と、蒼は思い返す。    三年前、聖を失った直後の藍子は、見ているこちらが気の毒になるほど疲弊し、衰弱していた。全てを失ったかのように抜け殻になり、蒼が声をかけなければ一日中仏壇の前から動こうとしない、あの、空っぽになった姉の姿が、蒼の脳裏に鮮明に焼き付いている。  ――姉さんだけじゃない。三年前に取り残されているのは……  蒼は、唇を噛み締めた。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加