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――にしても、私に会わせたい人というのは、一体どこの誰なんだろうか。
蒼の指定した日は、平日だった。平日の真っ昼間からアポを入れる人なんて、自分のようにフリーランスで働いているのだろうか。それとも蒼のように平日休日関係のないシフトで生活を送る者なのか。
相手がどんな人物なのか全く情報がないまま当日を迎えた。藍子は蒼にメールで何度かその人物について教えてほしいと頼んだが、蒼は頑なに拒否した。会えば分かるし、姉さんのよく知る人物だから大丈夫だと、蒼は念を押した。
普段、インタビューや打ち合わせのときには、相手のステータスや環境に合わせて服装を選ぶ。相手がざっくばらんでいい意味で適当な人物ならば、藍子も割とラフな格好をするし、かっちりしたタイプの人物なら、藍子もビシッとスーツを着て、髪も括って、話し合いに臨む。
――だが、今日はどうだろう。相手がどんな人物かも分からない上に、会うのは自宅だ。あんまりかしこまった服装をすると、自宅という場とギャップが生まれて浮いてしまうし、だからといって、あんまりラフな格好にすると、相手がきっちりと決めてきた場合、相手に対して失礼に当たる可能性がある。
結局悩みに悩んだ挙句、藍子は水色のワンピースを選んだ。普段、藍子はスカートやワンピースをなどを一切着ない。スーツでもパンツスタイルだ。これは、藍子の私物の中で、唯一の女性らしい服だ。聖がプレゼントしてくれたものだ。
もっとも、このワンピースを手に取ったのも、本当に久しぶりだった。去年の大掃除以来、ずっと押し入れの隅に放置していた。もちろん、藍子はこのワンピースの存在を忘れたわけではない。見ると、どうしても、聖のことを思い出してしまうからだ。辛い記憶が、蘇ってしまうからだ。でも、この前の電話で、自分は、初めて蒼に聖の話題を振ろうとした。もしかしたら、自分は長い三年という月日を経て、本当に立ち上がろうとしているのかもしれない。藍子自身も、立ち上がれるなら、立ち上がりたかった。そんな自分のことを後押ししてほしいという願いも込めて、このワンピースを着ることにした。
来客のチャイムが鳴った。藍子は玄関に行く直前、最後に洗面台で自分の身なりを確認すると、緊張で高鳴る心臓を押さえ、玄関のドアノブをがちゃりと捻った。
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