7人が本棚に入れています
本棚に追加
蒼には、仕事が休みの日に、欠かせない日課がある。それは、彼の好きな映画鑑賞ではなく、インドア気質だからと家でのんびり過ごすことでもなく、ましてや、人嫌いな彼が、誰かと街へ繰り出すことでも、ない。
それは――
「姉さん! 起きて」
「う〜ん……あと、あと五分だけ」
「駄目だ。今すぐ起きて! ほら、手を貸すから」
蒼はソファの上に小さく縮こまって寝転んでいる藍子の腕を引っ張り上げ、彼女の上半身を無理やり起こした。
藍子は眠い目を擦りながら、大きなあくびをする。
「あーあ。まだ寝たかったのに」
「馬鹿っ! せっかく昼から来たと思ったら、ソファで寝てるなんて……風邪ひくし、身体にも悪いだろ? そもそも、なんでこんな時間に爆睡してるわけ? 昼寝じゃないだろ?」
――それは、四歳年上の姉・藍子のマンションへ足を運び、彼女に会いに行くことだ。
「あー、昨日徹夜して仕事やってたから。朝の四時に終わって、そこから爆睡しちゃった」
藍子は悪びれる様子もなく、ケラケラと笑った。確かに彼女の座っているソファの下には、彼女が集めた資料と、手書きのメモが散らばっている。藍子はライターとしてフリーで活動している。彼女の言う通り、仕事を終えたその直後には、このソファーでもう眠りについていたのだろう。
「姉さん、別に仕事を熱心にするのは構わないけど、昼夜逆転は身体に悪いからやめてって俺言ったよね? しかも冷房もガンガンにして。いくら夏だからってこんなにキンキンにしてたら風邪引くよ?」
蒼はエアコンのリモコンを取り上げ、最大に設定してあった風量を弱めた。
「だってー、夜の方が仕事捗るんだもん」
「駄目といったら駄目だ。日付またぐ前には必ずベッドに入ること! いいね?」
「はいはい。分かったよぉーもう」
藍子はへらへらと笑って、まもとに取り合おうとしなかった。蒼はため息をついて、床に落ちている資料を拾い始めた。
A4サイズの用紙を数枚手にしたところで、床に、あるものが落ちているのが見えた。蒼はそれを拾った。一枚の、写真だった。藍子と、眼鏡をかけた男性のツーショット。ひゅっと、息が止まって、一瞬、全身が強張るのを蒼は感じた。
姉さん――と声をかけようとして、やめた。蒼は資料数枚とメモ用紙、そして一枚の写真をそっとローテーブルの上に置いた。写真は見えないよう、一番下に滑り込ませた。
最初のコメントを投稿しよう!