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 姉の結婚相手は、会社員の()(かみ) 聖という男だった。初めて会ったとき、とても穏やかでおおらかな人だな、と思った。自己主張があまり強くなく、猪突猛進で気分屋の藍子の横にそっと寄り添うように、優しい笑みを浮かべていて――あぁ、この人なら大丈夫だ、と安堵した。  藍子と聖は、都内のマンションで暮らしていて、蒼はたびたび、二人の元を訪れた。蒼はもともと積極的に人付き合いをするタイプではない。けれど、やはり蒼にとっても新しい家族になった聖の存在は大きかった。ただ、彼らに逢いたくて、休日はよく足を運んだ。藍子だけでなく聖もまた、蒼を歓迎してくれた。  聖は藍子とは正反対で、掃除や整理整頓、家事全般や料理が大の得意だった。だから二人の暮らすマンションはいつもピカピカだったし、物が散らかっているということもなかった。  仲の良い二人を見ているだけで、蒼は不思議と心が満たされていた。自分だけでは、姉を支えきれない。自分ひとりでは、力も器も足りない。幼少期、学生時代、社会人になってからもそう感じることは数え切れないほどあった。だから、夫という形で聖が姉のそばについてくれるというのは、蒼にとっての何よりの安心材料だった。  そして藍子もまた、聖の前だと普段以上にリラックスして、明るい笑みを見せていた。もともと活発で喜怒哀楽が分かりやすい外向的な性格だったが、聖と一緒にいるとそんな彼女の良さがさらに引き立った。  そう――聖は、あの心優しい男は、藍子と、そして蒼にとって、決して替えのきかない、かけがえのない存在だったのだ。
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