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この前の明け方のことは、覚えていないと思っていた。その後キシが何も言わなかったので。だが、あれから僕のことを考えている時間が少しでもあったという想像で、急に胸がどきどきしてきた。 「朝は夢が、たまに、悪夢で。起きたら自然に泣いていることがあるだけ。キシさんと関係ないから」 と僕は説明した。 「寝言は、ごめん。いつもひどいらしいけど、いつも記憶がない」 キシは頷き、しばらく黙っていたが、ふと目を挙げて、僕が両手で包んでいるマグカップを見ながら、 「付き合ってる奴にも、寝言うるさいって言われてるわけだ」 と言った。 「付き合ってはない」 「ふん」 「元彼。たまに会う」 「ふうん」 「…キシさんは?誰かいるの?」 「…俺は適当だね」 「適当とは」 「テキトーとは、テキトーだよ」 キシは立ち上がり、自分のカップを持ってキッチンに歩いていった。カウンターを回り込み、残っていたコーヒーをシンクに流して、蛇口をひねった。 「うるさいなら、もう泊まらないから」 と言ってしまった。 「…ああ、そー」 キシは、ちらっと僕を見て、カップを洗い始めた。 「お前、帰るの?朝ごはん食べる?」 「…帰る」 キシはカップを洗った後、昨日使った食器を洗った。僕は、うつむいて洗い物をしているキシの前髪が、さらさらと額にかかるのをぼんやりと見ていた。 キシは、洗い物を終えて水を止めると、カウンター越しに僕を見て、 「帰るの?」 と言った。 「うん」     
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