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この土地の春は駆け足だ。
雪どけが始まった途端、次々と芽吹き、花を咲かせていく。
ひんやりとした空気の中に、植物の放つ、甘く清々しい香りを感じた。
ふと立ち止まって見回すと、広い敷地のそこかしこの木の枝や草花に赤や黄色をはじめとした様々な色彩がぽつりぽつりと散らされていた。
「憲、そんな格好でうろつくな」
暖かな声がいつもより尖り気味で、どうしたことかと振り返ると、弟の勝己がコートを腕に抱えて追いかけて来た。
「ちょっとつらつらと歩こうかと思っただけなんだけど」
うっすら微笑んでみせると、彼はなんとも言えない面持ちのまま、コートを着せてくれた。
ボタンの一つ一つを子供にするかのように丁寧にとめていくのを見つめていると、急に顔を上げた勝己と視線があった。
「なに」
「・・・べつに」
何か言いたげなくせに、いつも言わない。
こちらも問いかけはするけれど、深くは追わない。
それが、自分たちの日常だ。
きっと、たぶん、勝己がこの世に生まれて、言葉を解するようになってからずっと。
さわさわと音を立てて近くの竹林が揺れる。
少し前まできちんと管理されていたが、今年はもう筍を採ることさえないだろう。
この庭を作り上げた母はもういない。
いや、母だけではなく、誰もいなくなった。
あの男が逝き、兄が追いかけ、父が力尽き、またそれを母が追い、早春の花を愛した姉はもっと山奥の雪深い土地へ嫁ぎ、甥は自分の足で歩き始めた。
すっかり空っぽになった広い邸内を老夫婦に住み込みで管理させてはいるものの、庭の手入れはほどほどでよいと申し渡してある。
ほんの前までは、足繁く通っていた様々の人の訪れもぱたりとやみ、ここはうち捨てられた庭園になってしまった。
さっと風が吹く。
土の匂いと、草花の少し青臭い匂い。
「今年もけっこう咲いたな」
足下の白い花を見つめて勝己が顔をほころばせる。
「この花、名前なんだっけ」
「背が低い方がスノードロップ、すらりとしている方がスノーフレークだよ」
俯いてぽってりとした白い花弁の方をまず指し示し、星をかたどったような白い花弁の先に緑の斑点がぽつんとたらしてある。
「・・・去年もここで聞かれた気がするぞ」
「ふうん。そうだっけ。じゃあ、あれは?」
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