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弐
人間がアマツチの地上を追われて以来、彼らは常に、ある機関を中心に営みを続けてきた。
星守という機関だ。
全人類の有識者が集まり創設された星守は、政治を行う政府であり、しかし国という概念を持たずに統治を行う、いわば人類の代表機関であった。国や民族といった区別がないため、もちろん宗教もない。そういった区別が原因で、地上にいた頃の人間の世界では争いが絶えなかった。その過ちを繰り返さないために星守は生まれたわけだ。
地下の都市は例外もあれど、ほとんどは巨大な球体の空間に造られている。その中でも最も規模の大きい都市に、星守の拠点がある。都市部の中心には政府機関の他、多くの企業も本部を置き、摩天楼が空を割るように建ち並んでいる。ハバキリとククリが向かった憲兵師団本部も、その中心部にあった。
無造作に置かれた書類、時折鳴り響く電話のコール。憲兵師団のオフィスの様子は、一般企業とさして変わらない。二人が所属するのは第二憲兵師団特科連隊。特殊機動部隊を中心とした凶悪犯罪やテロに対応する部門である。第二憲兵師団特科連隊には三つの班がある。対テロ部隊である第一班、対凶悪犯罪部隊の第二班、そして二人が所属する第三班。興味深いのは第三班のメンバーがハバキリとククリの二人しかいないということだった。第三班は極秘特殊任務を担当しており、星守直轄領憲兵師団総帥および第二憲兵師団団長であるオリガイ大佐直属の部隊でもある。
「大尉、これ」
ククリはハバキリのデスクにやってくると、一枚の書類を彼に差し出した。
「何だ?」
「例の輸送艦の積荷リストです」
ククリの言葉に、ハバキリは少し呆れた様子で、リストを受け取ろうとしなかった。
「その件は海軍に任せろと言われただろう」
「まず目を通してください」
強引に書類を突きつけるククリに押されて、ハバキリは渋々リストを手にした。何やら細かい文字と数字だらけで、目が痒くなってきた。
「…よく分からん。俺は数字が苦手なんだ」
ククリが溜息をつき、ハバキリの手からリストを奪い取る。
「いいですか、大尉。これは例の輸送艦が運んでいた全ての積荷のリストと、その積荷を検品したリストの照合結果です。差異はゼロ。つまり運んでいた荷物は全て無事だったということです。テロリストは何も盗っていなかった」
「…つまり?」
「つまり、扉が壊されていたあの部屋の中身は、積荷ではなかったということです」
「じゃあ、何のために扉を壊した?」
「それは…分かりませんが」
ククリは真剣な表情で答えた。
「オヤジは軍事機密の可能性もある、と言ってたよな? だとしたら、リストには載らないかもしれないだろ。俺たちが足掻いても無駄だ。オヤジに任せておけ。そんなことより、ほら!」
無造作に投げつけられた書類を受け止め、ククリはまた不機嫌そうな顔をした。
「ハイロクの情報だ。整形してる可能性も高いが、仕草や癖は変わらないはずだ。しっかり頭に叩き込んで、すぐに見つけられるようにしておけよ」
ククリは書類を見た。
ハイロク。テンロウ血盟旅団の副指揮官であり、最も危険な男とされている。一騎当千の強さは侮れない。書類には彼の身体的特徴、癖や仕草など、多くの情報がぎっしりと書かれていた。
「なぜ、こんなに細かい情報があるんです?」
「そいつは元々、ここにいた男なんだよ」
「ここって…まさか元憲兵ですか?」
「ああ。最終階級はお前と一緒で少尉。オヤジ曰く、ずいぶん優秀な人物だったらしい」
ハバキリは話しながらも、黙々と支度を続ける。ククリは書類を見たまま動かなくなった。
「オヤジが言ってたように、俺も今回のテロは奴らの仕業じゃないかと思ってる。俺たちの行動が後々この件の解決に繋がってくるはずだ。分かったら、お前もさっさと支度しろ。出発するぞ」
「あ、はい!」
集中力は評価するが、集中しすぎて視野が狭くなるのはククリの悪い癖だ。ハバキリに急かされ、ククリは慌ててその場を離れた。
時計が正午を回った。今日の夕方には、目的の地に到着しているだろう。行く先は地下都市ミスマル。自由と夢と娯楽が渦巻く、最も賑やかな地下都市。ハイロクが潜伏していると目される場所だ。
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