第一話

22/33
44人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
俺は慌てて追いかけたが、何故か路地裏には誰もいなかった。 神様がくれたチャンス…もう一度、人生をやり直す事を許された気がした。 自分がこの世界に呼ばれた理由なんて考えた事もなかった。 確かに理由はあるんだろうが、今は分からないから置いておこう。 ふと見上げると大きな城が見えた。 俺が住んでいた場所、そして…愛するあの人がいる場所… 今があれから何年後の世界か分からないが、おじさんはあの時と全く変わってなかったから10年後とかではなさそうだ。 「くしゅっ」とくしゃみをしてそういえば濡れた服のままだった事を思い出す。 ポカポカ天気の春でも風邪を引くと恐る恐る店のドアノブを掴んで開けた。 鍵は掛かってなくて中を覗くと薄暗かった。 手探りで壁に手をつき電気を付ける。 そのお店はケーキ屋だったのか、ショーケースや一組のテーブルや椅子がある。 テーブルの上には段ボールが置かれていて『早川瞬様』と宛名が書かれていた。 どきりとしながら段ボールを開けると、店とその奥にある自室の鍵と茶封筒と一枚の紙が入っていた。 茶封筒を覗くとお金が入っていてびっくりして落としてしまった。 床に落ちた茶封筒を拾い紙を見る。 『茶封筒には僅かですが資金が入っています、これでなにかを買い店を開いて下さい、貴方を神様はずっと見ていますよ』 俺は何の価値もない自分が何故そこまで神様がしてくれるのか分からなかった。 でも、生きるために新しい人生を開こうと思った。 入っていたものを段ボールに入れて持ち上げ、店の奥の自室の扉を鍵で開けた。 俺はまだハイドさんを愛していた…けど、もうハイドさんには会わないと心に決めた。 …だって、ハイドさんはきっと婚約者の人と結婚しただろうし…そんな姿を見たら俺は今度こそ心が壊れていく気がした。 だから…早川瞬という名も捨てようと決めた。 名付けた親に謝りながらちゃぶ台のテーブルとクローゼットと布団と洗面所と出口の扉しかない畳(たたみ)の自室に入る。 自室とは別に店にはもう一つ扉があったから後にするとしてまずは濡れた服を着替えようとクローゼットを開けたら何着か服が入っていた。 クローゼットの引き出しにはタオルがあり、それで髪や体を拭きテーブルに置かれた新聞を見た。 これは今日の新聞だろうか、だとしたら今日は一年後の……俺が死んだあの日となる。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!