海の絵を描いた君塚くん

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「佐藤、何描いたん?」  鈴木さんと栗田さんの会話を耳にして、少しずつ僕の周りに人垣が出来ていった。    海や海。  佐藤って絵画コンクールで金賞獲った事あるんやって。  青ばっかりなのに海と空わかるなぁ。    そんな会話が人垣の中で繰り広げられる。僕はとうとう身体中が熱くなった。きっと首まで赤いだろう。絵を描けるのも、誰かに褒められるのも嬉しい。でも、次の授業で一枚目の絵画を提出しないとならない。歓声が耳に入るほど、僕の手の動きはぎこちなくなっていった。 「佐藤もうまいが君塚もなかなかうまいぞー」  そんな中、武田先生が君塚君の後ろから僕らに呼び掛けた。人垣は、楽しそうな声を上げながらわらわらと移動していく。君塚君の人垣が声を上げるたびに、僕の人垣は崩壊し、それと反比例をして君塚君の周りに立派な人垣が築き上がっていった。  とうとう僕の周りには「青」と鈴木さんだけが残った。鈴木さんが行ってみよか、と僕を誘い出し、僕らも人垣の一部となる。人垣の間から君塚君の絵を見ようとするが、背の高い村瀬君の背中でキャンパスが見えない。 「同じ海を描いても全然雰囲気が違うだろ、どっちも良い。こういう感性の違いとかに触れてほしかったんだ。同じものを対象にして書いてくれる奴らがいてよかったよ」  武田先生が僕に気が付き、僕の腕を人垣の中心部へと引き寄せた。声を弾ませて君塚君と僕の背中をバシバシと叩く。僕は背中に振動を感じながらも、君塚君のキャンパスに目を奪われた。  君塚君も僕と同様に海を描いていた。でも、僕の絵とは全然違う。  深い青緑色の海とゴミが少し散らばった砂浜。人も舟もいない。青空ではなく、淀んだ厚みのある雲が空一面にかかっている。平面のキャンパスなのに、触れてしまえばこの海に深く落ちていきそうな感覚すらした。鈴木さんが後ろから私にも見せて、と僕の肩を叩く。僕は鈴木さんと場所を交代するようにして人垣の中心から、人垣の外へと押し出されていった。  筆洗い場のシンクに映った僕の顔は未だ少し赤みが残っている。君塚君は何も変わっていなかった。いつも通りの君塚君。誰とも話をしないで、ずっと本を読むかぼうっと窓際の席から外を見つめる君塚君。赤くもならないし、先生に声をかけられても筆を止めない君塚君。  僕はまた顔がカァっと熱くなった。    
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