3人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
その後も彼は彼自身の魅力と私の不出来を交互に展開してきたけれど、正直あまり興味がない。適当に相槌を打ちながら水やりを再開しても彼は何も言わないから、たぶん話すのに夢中で周りが見えていないのだろう。
そのまま水やりを終えても、彼の演説は続く。しばらくぼーっと眺めていたけれど、まずい。このままじゃわざわざ誰も来ていないような時間に水やりをしに来ている意味がなくなってしまう。
もう、彼をほって教室に行こう。そうすれば、早く教室に来て勉強をしている友人がいる。彼は一人で自画自賛と悪口雑言を繰り返している変人に成り下がるが、他人の立場を気にしている暇はなくなってきている。
「...ちょ、先輩、聴いてました?」
最悪のタイミングで後輩が我に返った。鞄を持ち、立ち去ろうとした私は内心焦る。しかし、そんなことはおくびにも出さず、いつも通りににこにこしながら後輩を見た。
「ごめん、もう行かないと。」
「先輩っ!僕と付き合ってくださいよ!」
全然話を聴いていない。人のことは言えないだろうけど、これは酷すぎる。
「それは、さっき断ったと思うんだけど?」
「やっぱり、先輩、話聴いてないですね?だから...」
また始まる、自己賞賛と他者批判。
もう駄目だ。時間がない。私は後輩を振り返ることなくダッシュする。
「先輩っ。」
後ろから後輩の声が聞こえるけど、関係ない。こちらは死活問題...
「おはよう、円阪さん。」
遅かった。
私の目の前には、佐古先生がいる。おまけに無我夢中で走ろうとしていた勢いのまま、先生にぶつかってしまったから、距離が近過ぎる。先生は私の頭に手を置いて離さないから、距離を取ることもできない。
「先生?どうしてここに?」
後輩が、不思議そうに先生に尋ねる。
「先生は、栽培委員の副顧問だから。毎朝様子を見に来ているんだ。...まぁ、いつもはとっくに水やりを終えて、誰もいない花壇を点検するだけなんだけどね。」
先生は栽培委員の副顧問だけど、野球部の顧問でもある。だから、野球部の朝練がひと段落してからではないと、花壇には来れない。だから私はいつも、野球部が朝練を始める前あたりに水やりをして、朝練が終わる頃には教室に引っ込んで、登校の早い友人と仲良く談笑しながら勉強するのだ。
そうしたら、先生と二人っきりにならなくて済むから。
最初のコメントを投稿しよう!