パンドラの箱。

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 赤ん坊の泣き声で目が覚めた。 「あ、起きちゃったか」  すぐさま妻が起き上がり、パジャマ姿のままベビーベッドの中の娘を抱き上げた。 「おはよーう、もうお腹減ったの~?」  夜泣きもものともせず、優しい声をかけられる彼女には頭が下がる。 「まだ寒いから気をつけろ」 「ありがとう」  ガウンを着せかけると、胸元を寛げながら微笑んだ。  どんなときも、妻の有希子は驚くほど綺麗だ。  化粧を施していない肌は透けるように白くて神々しく、どんな宗教画も、彼女には叶わない。  素直にそれを告白したら、同僚達に本気で蹴りを入れられた。 「これ、今は目の毒かもしれないけど・・・」  娘も満足してうとうとと眠りだし、二人で朝食を終えて落ち着いた頃合いを見計らって、シックなラッピングの箱をテーブルに置いた。  現在母乳を与えている彼女は、あと数ヶ月後の離乳を迎えるまで脂肪分の多い物や刺激物を極力避けるよう指導されている。  乳の出がよくなるようにそれまで好きだった食べ物をほとんどあきらめ、授乳によいと言われる食物だけを必死に摂取し続けている状態で、禁止されている彼女の大好物を差し出すのは勇気がいった。 「これって・・・」  箱を両手にとって目を丸くする有希子の瞳に喜色が浮かぶのを見つけ、安堵する。 「バレンタインって、欧米では男女関係なく贈るもんだと池山が言い出して・・・」 「え?あー、そうねえ。和基の言い出しそうなことね」  有希子が苦笑した。  同僚である池山和基は、妻の幼馴染みでもある。 「本物のマリオ・カッシーニなのね。凄いわ・・・。ずっと食べてみたかったの、ありがとう」  岡本は、チョコレートを渡すことを強く説いた池山に心の中で感謝した。 「この人のチョコレートってニューヨークでしか手に入らないって聞いていたのに・・・。いったい何処で手に入れたの?」 「銀座。本間たちからねだられて並んだんだけど、なんか、職人本人が急遽来日していて、すごいことになってさ・・・」 「すごいことって?」 「池山が千人目の客とか言って、真っ赤な薔薇の花束を渡されてハグされて・・・」 「それで?」  言いよどむと、先をせかされた。 「なんか、『カンシャカンシャ』とか言って、ほっぺたにチューされてた」 「なんですって!」
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