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夏
桜の季節も端午の節句も鬱陶しい梅雨の時季も去り、幻想郷は暑い夏を迎えていた。
夏は四季で最も昼間の時間が長くなる。まだ6時前だというのに外はもう明るかった。
―――ここは博麗神社。幻想郷と外の世界とを分かつ境界線上に建つ神社である。
博麗神社の巫女・博麗霊夢は境内の掃除をしていた。
もう起き出した何匹かのセミがけたたましい鳴き声でアンサンブルを奏でている。今日も暑くなることだろう。
掃除を終えた霊夢は日課である茶事を楽しもうと思い母屋へ戻るが、そこでちょうど同居人にして鬼の伊吹萃香に出くわした。
霊夢「あら、もう起きたの。まだ寝てていいわよ?」
萃香「暑苦しくってもう寝てなんかいられないよ…」
博麗神社が小高い山の上にあることもあって、境内は灼熱地獄の一歩手前であった。
霊夢「それもそうね…それじゃあ顔を洗ってきなさい。お茶の時間にしましょう」
萃香「熱いお茶は勘弁だからね」
霊夢「大丈夫、冷たい麦茶よ」
母屋の縁側に二人並んで腰かけ、麦茶を飲む。
ひさしに吊るしてある風鈴がわずかに吹く風に揺られてチリン、と音を鳴らした。
どちらともなく「はふぅ」と安堵のため息が漏れる。
…と、母屋の反対側にある本殿から誰かの足音が聞こえてくる。早くも来訪者が来たのだ。
その者が姿を現した。桃色の髪にお団子カチューシャをつけ、胸に大きなバラが描かれた服を着た女性。よく見ると右腕は包帯で覆われている。
妖怪の山に住む片腕有角の仙人、茨木華仙だ。
華仙「おはようございます。さっき参道を通ってきましたが、綺麗に掃き清められていてとても気分が良かったです」
霊夢「それはどうも」
霊夢は華仙と相対するとき、いつも素っ気ない態度をとっている。
彼女が嫌いというわけではない。生真面目で説教が長く、いつも霊夢に会うたび小言を言ってくる華仙が苦手なだけだ。
『早くどこかに行ってくれないかなあ』と内心思いながら霊夢は華仙に尋ねる。
霊夢「それで?こんな朝早くから来たってことは何かしら用があるんでしょう?」
華仙「はい。最近、あちらこちらで下級妖怪や妖精たちが騒いでいるのが見受けられます。近いうちに異変が起こることも考えられるので十分注意して下さい」
過去の例を見ても、異変が起こる前には必ずと言っていいほど妖精が騒いでいた。自然の権化ともいえる妖精はその性質上、災害や天変地異、異変といったことには敏感に反応するのだ。
霊夢「異変ねえ…。私はそんな予感は全然しないんだけど」
華仙「貴女はそうかもしれませんが私は気になって仕方ないのです。どちらにせよ、用心するに越したことはないでしょうね。……用はそれだけです。それでは」
華仙は言いたいことだけ一方的にまくし立ててさっさと帰ってしまった。
霊夢は隣にいる萃香に聞いた。
霊夢「今の話し、萃香はどう思う?」
萃香「んー…。私には分からないけど、まあ楽しけりゃそれでいいんじゃないかな?」
ーーー楽しければそれでいい。
これは幻想郷の住民のほとんどに共通する考えだ。霊夢もその「ほとんど」の一人である。
霊夢「まあ確かにそうかもしれないわね。さて、そろそろご飯にするからこっちに来なさい」
萃香「やった!ご飯ごはーん♪」
二人は居間に入っていった。
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