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「そうだ。実際の話は働かずに生きることは難しい。だがな、それでもな、自分がどんな病気をしようとも、ケガをしようとも、年寄りになろうとも、《お前は生きていていい》と神様に言ってもらえること。神様が約束してくれること。このことはひどく大事なんだ」
「神様の約束……」
「だからと言って、働かなくていいというわけではないぞ。順序が逆になるだけだ。働くから生きていいのではなく、生きていいと言ってもらえたことに感謝して働く。生きることの恩返しとして働く」
「働くのは神様への恩返し?」
「そうだな。神様と、生かしてくれたものすべてへの恩返しかな」
「……先生も、もうちょっと恩返ししたほうがいいよ」
こりゃまいった、と額を叩いてから先生は言った。
「さて、そろそろ日も暮れるな。お前の恩返しの時間も終わりだ」
先生は珍しく戸口まで送ってくれた。里山に夕焼けが輝いている。
「先生……」
「ん?」
「さっき言ってた、《生きていていい》っていう約束は、おれにも神様はしてくれるのかい?」
「当り前だ。この世の人全部との約束だ」
「じゃあ……おれのおっかさんも?」
「もちろんだ。生きづらくったって、生きていていい」
「うん、わかった。……また明日!」
「ああ、オイ」
走り出した小弥太を、これまた珍しく先生は呼び止めた。
「あのな、小弥太」
「うん?」
「神様の約束のことだがな」
「うん」
「あれを、お前が大きくなるころ《権利》と呼ぶ日が来るかもしれない」
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