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『僕は、人魚とは違いますから』
――それから更に十年後。
「――あぁ、また貴女は何も羽織らずに森へ出たのですか?」
「あら、平気よ。真冬ではないのだし、ちょっと出るくらいで……」
大袈裟、とその人は気怠そうに返した。
僕は咄嗟に、その細い手首を掴み、ぐいと身体を引き寄せ、白い頬に触れてみる。
「何を言っているのです、こんなに冷えて! 氷のようですよ」
「氷だなんて、本当に大袈裟よ。それより、あなたの手の方こそ、熱過ぎるのではなくて? 私の肌が氷なら、即座に溶けてしまいそうだわ」
熱があるのでは、と、今度はこちらが額に触れられた。
ひんやりとした掌を受けながら、見上げる人を見つめ返す。
緑の瞳が、一瞬揺れた気がした。
「……溶かして、差し上げましょうか」
「!」
囁けば、白い肌がほのかに赤く染まって。
「……全く、困ったものね。これが人魚の話に夢中になってた坊やだなんて。人の子は成長が早すぎるわ」
「今も、変わりありませんよ。ただ、貴女より大きくなってしまっただけで」
「……そう、」
触れていた手が放れていく。
僕はその手を逃がさないようにと、捕まえ絡め取った。
「僕は、人魚とは違いますから。結ばれないまま、泡になるのは嫌なんです」
「……え?」
「ねぇ、今夜は僕の寝物語はいかがですか? 『魔女に恋した元王子の話』など――」
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