10.たくらみ

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 剛志はハマダさんの話を聞きながら、理不尽な事の流れに憤る以上に、大きな怖れを感じていた。それは、剛志と香凜がヴァーチャルな空間で過ごした六年余りの歳月を消去してしまうことへの恐怖だった。  他人が見たら、剛志の行動は馬鹿げたものに映るだろう。死んでしまった妻の記憶と新たな生活を続けているのは、どうみても尋常ではない。だが、普通というのは一体何なのだろうか。剛志にとって、メモリーバンクで香凜に会うことは、極めて自然な日常生活だった。例え香凜が実在しなくても、剛志の頭の中では、きちんとしたリアルな存在として捉えられていた。普通の夫婦生活とどこに差があるのか。  逆に香凜が死んでから、香凜の記憶と直で触れ合うようになってから、自分がいかに香凜を愛していたのか、香凜がどれほど自分のことを愛していたのかを、会話などという曖昧な手段ではなく、脳で直接的に感じることができた。機械を介することは汚らわしいことではない。このような形があっても構わないのではないか。剛志はそう考えるようになっていた。それだけに、この生活に終止符を打たなければならない事態を容認できないでいた。 「しかし、やらねばなりません。今すぐに。製品版はあと一、二カ月で完成してしまいます。大量に複製されたあとでは遅いのです」  ハマダさんは最後にダメを押した。  僕は一日だけ時間が欲しいとハマダさんにお願いした。
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