3.メモリーバンクス

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「ブレイン・マシン・インターフェイス。脳と機械を接続する技術のことです。最初、この技術は手足に障害を持つ方々の義手や義足を本人の意思通りに動かすことや、人が行けない危険な場所、遠い場所で作業するロボットやアンドロイドを遠隔操作することに使われ始めました。初期のころは原始的な動きしかできませんでしたし、情報の流れは一方的でした。頭で考えた通りに機械を動かす、というのが当時の単純な用途だったのです。しかし、脳と機械の間の情報のやり取りについて、さまざまな知見が得られていくうち、脳のどの部位にアクセスしたらどのような反応が得られるのか、どんな刺激をどのくらいの強さで与えたら期待される神経活動が誘発されるのかが詳しく分かってきました。簡単に言えば、脳から情報を取り出すだけでなく、脳に特定の情報を入力し、さまざまな脳神経的な活動を促すノウハウも開発されたのです」  〈メモリー・バンクス〉という会社は、その名前が示す通り、人の脳に蓄積された記憶を再現可能なデジタルデータとして保存するサービスで近年急成長を遂げていた。  死期を悟った香凜は自分の記憶、つまり生きた証をここに残そうと考えたのだ。だが、ハマダさんの今の説明だと、事はそれだけでは済まないらしい。 「高木様のような三十代のご夫婦ですと、脳の分析と記憶パターンの抽出に、およそ一年が必要になります。その後、記録させていただいたメモリーをご主人様の脳神経活動に適合させる作業が必要になります」 「夫婦で一年…」  僕は呟いた。香凜は隣で黙って話しを聞いていた。ハマダさんは小さな僕の呟きを聞き逃さなかった。 「その通りです。そこが弊社の特徴なのです。記憶の移植はお二人で取り組んでいただきます。そして、お二人の記憶はヴァーチャルな世界の中で、いつまでもご一緒でいられます」  香凜の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。 「奥様はご病気だと伺っております。取り組まれるなら出来るだけ早い方がよろしいかと存じます」
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