7.友人の提案

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 剛志の提案に、ハマダさんは微笑んだ。「そうですね。まずは腹ごしらえですね」  軽く食事と考えていたが、ハマダさんが注文した料理はいささか本格的過ぎた。凍らせた生ハムのオードブルに、上品で薄味のミネストローネ、白身魚のあっさりしたソテーに続いて、パスタやメインディッシュの肉料理が次々とテーブルに運ばれてきた。二人がデザートのトマトシャーベットを味わったあとに、エスプレッソの香りとほろ苦さを楽しむまで、たっぷりと一時間半を要した。ハマダさんは時折、料理に対する感想を短くコメントするくらいで、あとはほとんど黙っていた。剛志も敢えて会話に誘わず、エッシャーの版画が飾られた狭い個室で二人は黙々と食べ続けた。 「この会社でいろいろな方を担当させていただいて、今年で三十年になります」  エスプレッソのデミタスカップをソーサーに戻し、ハマダさんは言った。 「その中で高木様とのお付き合いが最も長うございます」 「十年近くになるでしょうか。我ながら長いと思いますよ。でも御社のシステムは終身契約みたいなものだから、もっと長い顧客もいるんじゃないですか」  ハマダさんは小さく首を振った。 「大抵のお客様は二、三年もすると来社される頻度が減り始め、五年もするとほとんどお見えにならなくなります」 「僕のようなケースでも?」 「そうです、高木様のように若くして愛する方を亡くされた場合でも」 「お年寄りだと? 律儀に来られるのでは」 「たくさんおられますが、ほとんどは年に一、二度程度ですね。でも、ほとんどの方はセッションをなさりません」 「じゃあ何を」 「私と少しお話しをして、お帰りになります。お墓参りのような感覚なのでしょうか」 「それじゃあハマダさんはお墓ですか」 ハマダさんは嬉しそうに笑った。 「いえ、私は単なる記憶屋です。毎年来られるお客様を墓参りにたとえるなら、私はどちらかといえば墓守りのようなものです。大事な方の記憶を守っています。皆さんは、ここに記憶がきちんと保管され続けていることを確認されると、皆さん安心なされます。そして、穏やかなお顔でお帰りになられます」 「なるほど。でも、僕が通っているのは、それとは違います。だからこんなに長く続いたのかもしれない」
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