7.友人の提案

4/6
75人が本棚に入れています
本棚に追加
/47ページ
「高木様の場合は、奥様の記憶に会いに来るという感覚ではありませんね。気持ちとしてはいまだ一緒に生きておられる、違いますか?」  剛志は考えた。メモリーバンクには平均すると週一回くらい、多い時だと三日と開けずに通うこともある。これが普通の形ではないことは分かっているが、剛志は香凜に会いたいという誘惑に抗うことができなかった。そしてそれは会社に通勤するのと大差ない日常生活の一部になっていた。 「その通りです。香凜に会うと、いつも新しい発見や体験ができます。古い記憶と接しているという感覚は全くないですね」  ハマダさんは頷いた。だが、その表情は苦々しかった。 「私も最初のうちは、弊社のシステムが高木様に大きな癒しを与えることができていると感じ、うれしゅうございました。そして、奥様が高木様の求める姿であり続けられるように全力を挙げて調整作業に当たってきたつもりです」 「その点に関しては、僕も感謝しています。香凜を失うと分かってから、僕は絶望の淵でどうしたら良いか分かりませんでした。亡くなったあともそうです。立ち直ることができたのは、例え生身ではないにせよ香凜がメモリーバンクで生き続けていると信じられているからです。これがどんなに僕を癒してくれたか。これもみなハマダさんのお陰だと思っています」 「ありがとうございます。ですが、我々は踏み込んではいけない領域に、いくつか踏み入ってしまったのです」 「踏み込んではいけない領域? 僕のケースでですか」 「はい」  ハマダさんはそう言って、水をひと口飲んだ。 「これをお伝えしてしまうと、私は会社にいられなくなってしまうかもしれませんが、高木様にはどうしてもお伝えしなければなりません」  剛志はハマダさんの表情に、相当な決心を感じた。自分のことで、ハマダさんも窮地に陥るというのか。 「実は…」  ハマダさんが口を開いた瞬間、剛志はそれを遮った。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!