7.友人の提案

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「待ってください。ハマダさんが会社にいられなくなってしまうような重大な事態を打ち明けるということは、僕との契約は一体どうなってしまうのですか。解除ですか? 僕はもう香凜に会えなくなるということなのですか」  剛志は焦っていた。もう香凜には会わない方がいい、というのには、まだ選択の余地が残されていた。そして、剛志はどんなことをしても、この香凜との微妙な関係を手離すつもりはなかった。今日も本音のところ、ハマダさんを説得するために来たのだ。「このまま続けさせてくれ」と。 「もちろん、高木様の意思で続けることは可能です。ですが、私はそれを思い止まっていただくために、今日高木様においでいただいたのです」  ハマダさんの決意は固そうだった。どんなことにも親身に応対してくれたハマダさんが、これほどの強い態度で剛志の要求を拒絶することは今までなかった。 「説得には時間が掛かるぞ」と思うのと同時に、そういう行動にハマダさんをつき動かしたものは何かと考えた時、剛志は強い不安を感じずにはいられなかった。 「人間の脳の働きは、分かったようで実は分からない部分がたくさん残されています。シナプスのパターンは、ある行為について、いつ、どこで、誰が何をしたというように理路整然と記録されている訳ではありません。第三者が見れば、漠然とし、混沌としたパターンの羅列にしか捉えられません。ある時は視覚的な要素が強調されていて、別の場合には、嗅覚や触覚から得られた情報のみが残っているかもしれない。長い時間の経過で失われていくパターンもあります。行為や思考の記憶は、ほとんどのケースにおいて、かなり不完全にしか記録されていません。はっきり言ってしまえば、中身はめちゃくちゃなのです。その混乱状態を整理し、きちんと理解することができるのは、人間の脳しかありません。機械ではそれを完璧に処理できないのです」 「それは以前もお聞きしました。香凜の記憶は僕の中でのみ再現されるということですね」
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