7.友人の提案

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「はい。そこが私どものシステムとAIの決定的な違い。人の記憶データはうまく処理すれば、別の人の脳である程度再現できますが、AIにはそれができない。だからこそ、そうした人の脳の優れた特性をAIで再現することは不可能だと…私どもはそう考えていました」 「いました…? 過去形ですか」 「ですが、高木様、お考えになってみてください。もし、AIが人間の脳が持つ特性を習得したら」 「能力は飛躍的に向上する」 「その通りです。真空管を使っていた電子計算機がスーパーコンピューターに変身するようなものです。そして何より、人間の思考が機械を介してネットワークに直接つながることが出来るようになるのです。弊害は星の数ほど想定されますが、それと同じだけの可能性も存在します。そう、いろいろな意味での可能性です」 「いろいろな意味?」 「人間は生物学的な制約の大きな存在なのです。その人間にとって、制約をカバーしてくれるAIがあったなら…この可能性は恐ろしく魅力的です。例えば、スモッグに満たされた都会ぐらしの人が、遠く離れた山の中できれいな空気を胸いっぱいに吸い込んだ清涼感を味わうことが出来ます。遠くということにも限界をどんどん広げることができます。地球軌道上の宇宙ステーションで宇宙遊泳を疑似体験できるし、火星に送り込んだ探査装置に、それなりの機器を搭載さえすれば、あの赤い星の砂の上を歩くこともできる。学習という行為も一変するでしょう。何しろ、他人の思考を共有出来るのですから、自分が欲する知識や経験を持っている人や機械につながるだけで、それが共有できてしまいます」  剛志は少し頭がこんがらがってきた。 「そうなったら自分という存在は、どこにあるのでしょうか。常にネットワークとつながっていないと生きていけなくなるのではないですか」 「その危惧はもちろんあります。人間という生物にとって、極めて重大な部分です。ですが、そうした懸念を埋めて余りある可能性を、会社という経済的な生物は感じ取っています。巨額の利益を産みそうだ、と考える人間がいても不思議ではありません。弊社にもそういう分野を研究する部門があるのです」  剛志は訝った。そういう研究と、今自分に突きつけられている問題にどのような接点があるのだろう。
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