8.コピー

4/4
75人が本棚に入れています
本棚に追加
/47ページ
「いいえ、その事実には変わりはありません。高木様を例にとるなら、奥様の記憶を高木様以外の人間が理解し、再現することは不可能です。ですが…」 ハマダさんは口ごもった。 「人間には不可能でも、機械には可能なのではないか、と考えた研究者が社内におりました。そして、弊社のサーバーを統括管理するネットワークを使って、弊社がお守りしている思考のデータを実験的に利用し始めたのです。お預かりした記憶を万が一にも失ってはなりませんので、弊社のサーバーには何重ものバックアップが取られています。物理的なトラブルも想定して、サーバーは国内に三カ所、海外に一カ所置いています。そのバックアップサーバーが彼らのターゲットでした。最初は単なるメンテナンスのためだと考えておりました。しかし、アクセスログを解析してみると、尋常ではない頻度で、奥様の記憶にアクセスしていることが分かりました。そして、最も恐れていた証拠も見つけてしまいました」 「恐れていたこと?」 「奥様の記憶をかなりの部分、コピーしていたのです」 「コピー…」 「もちろんそうした行為は社内規定で禁じております。同じ社内でも部門が違うと指揮管理が別系統になりますので、確たる証拠は得られませんでしたが、記憶をコピーし、改変し、研究に利用せよと、かなりの上席が指示したのは間違いないと私は確信しています。我々も広い意味では奥様の記憶を改変しています。別の言い方をすれば、高木様の思考、経験を奥様の記憶データに付加するという作業です」 「でも、それがあったからからこそ、僕は香凜と一緒に新しい場所に行けたし、いろいろなことができた」 「高木様がそうお望みなされたからこそ、我々も一生懸命に調整させていただきました。実際、そこまでお望みになられる方は少なく、これほど長期にわたって続く方も少のうございます。ですので、高木様のケースは、社内でも注目を集めていたのは確かです。その部門のしかるべき地位のものの目にそのことが留まってしまったのでしょう」
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!