3.メモリーバンクス

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3.メモリーバンクス

 香凜が突然、腹部に痛みを訴えて病院を受診したのは、結婚してから三年後の秋だった。それまでは風邪すら滅多にひかない健康体だった。痛みはすぐにひくだろうと高を括っていたが、翌日もその翌日になっても、その鈍痛はひくどころか、よりひどくなっていった。香凜は気が進まないまま、小さなクリニックで内科医の診断を受けた。その医師は若かったが、経験不足を補う謙虚さを持ち合わせていた。 「大きな病院で精密検査を受けた方がよろしいでしょう。何、心配は要りませんよ。しっかり調べれば安心できます。うちのクリニックでは検査機器が足りないのです。ちゃんと紹介状を書きますので、すぐに調べてもらえますから」  だが、この若い内科医は知っていたのだ。香凜が不治の病に冒されていたことを。  次に受診した総合病院では、四十代後半の「部長」と呼ばれるベテランの男性内科医が看た。ほぼ一日掛かりで、MRIやら血液検査やらを繰り返し、やっと夕方近くに診察室に呼ばれた。だが、先に声を掛けられたのは、香凜ではなく、付き添いの僕だった。  香凜が検査用の白衣を着替えている間に、年配の女性看護師が近寄ってきて、診察室に案内した。そこに座っていた「部長」のデスクの前には、MRIの画像が何枚も掛かっていた。入室してからしばらく「部長」は、そのMRI画像をじっと見ていた。写っている背骨や骨盤の感じからして、下腹部の画像らしかった。 「高木さん」 「部長」が僕の方に向き直り、口を開いたとき、不安感は爆発しそうで、胸が悪くなった。耳鳴りまでしてきた。 「申し上げにくいことなのですが、奥様の腹部、正確には大腸に大きなポリープが発見されました」  頭を殴られたような気がした。血の気が引いていくのが、はっきり分かった。胸が悪いのを通り越し、吐き気がしてきた。 「本日検査に使用した断層撮影装置は、ある特定の放射線を照射することで、腫瘍やポリープがどのようなタイプであるかを調べることができるものです」  次の言葉はもう予想がついた。 「奥様の大腸のポリープは、悪性の腫瘍でした。それもかなり進行しています。他の臓器、具体的には肝臓への転移も認められます」
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