惚れたもん勝ち

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 雨の湿気と混雑の熱気で少々不快な気分になるが、それは私だけではないのだから我慢しなければならない。できるだけ新鮮な空気を確保しようと列の最後尾から乗り込んでドアの前に立つ。  やがて短い笛の音がドアを閉める合図として響き、同時に慌てた様子で乗り込んできた人影に私は驚いて後ろへとたたらを踏んだ。  かかとが、誰かが床に置いた荷物につまずく。背中から倒れて車内の人々へ倒れる――そう思った瞬間、先ほど乗り込んできた人に腕を掴まれた。 「……ごめん、びっくりさせた」  息をきらせた悠木くんに腕を引かれて体勢を戻した私は、驚きながらも大丈夫だよと言おうとした。が、 「押すなよ痛ってえな」  背後から舌打ちまじりにぼそりと言われ、背中を軽く押されてしまった。肩越しに振り返ると、知らないサラリーマンがするどく睨んでくる。わざとじゃないのに。  一応謝るべきかと考えたが、悠木くんが私の腕をさらに引いて、私は閉まったドアの前へと連れてこられてしまった。入れ替わるように悠木くんが先ほど私がいた場所に立つ。  これは、庇ってくれたのだろうか。
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