第2話

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「なーなーなーいいじゃん次の調律タダでやったげるからさー。頼むよー。奏ちゃーん奏真くーんねーねーねー聞いてるー?」 明らかに仕事の邪魔をしながら弾丸のように喋り続ける男を華麗に無視しながら桜井は水の入ったグラスとメニュー表を持ってニコリと秀一に微笑んだ。 心なしかいつもよりも笑顔が冷たい気がするのは気のせいではないと思う。 「今日はゆっくりでしたね。昨日遅かったんですか?」 「あ、いえただの寝坊で…」 「そうですか、俺なんていつも休みの日は昼まで寝てますよ。」 「ねぇぇぇ奏ちゃーん俺にもニコニコしてよー!折角の美人さんが台無しだよ?ほらこっち向いて?…あいって!!足踏むなっておいこら奏真!!」 去り際に会釈とともに思い切り謎の男の足を踏んで行ったらしい桜井はシレッとカウンターの向こうに戻って食器を磨いている。 男はそれを追いかけていってカウンターに寄りかかり、また桜井に何かを頼むような仕草をしはじめた。 秀一はそれを、メニュー表で顔を隠しながらチラチラと伺っている。 近い。 距離が近い。 肩に腕を回し耳元で何かをおねだりするその二人の距離は、ちょっとその気になればキスでも出来てしまいそうなほどの近距離だ。 桜井は全く相手にしていないが、だからこそ、その距離感が普段から当たり前なのだと思い知らされる。 誰だよお前、桜井さんのなんだよお前、寄るな触るな近い近い近い。 いくら念じても伝わるわけがなく、口に出せるはずもなく。視線だけで殺意を送り込むと、その視線を感じたのか謎の男とバッチリ目が合った。
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