第3話

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あやふやな記憶をたどって行くと、家を出る直前に時計をした記憶はある。その後はほぼ小走りでTraumereiに向かい桜井に会って望月に会って、ナポリタンを食べるときに外した。 「あっ…」 そうだ、そのときに外した。 秀一は基本的に真冬以外は裸族だ。今も寝ようと思っていたからパンツ一丁である。装飾品は腕時計しかつけないし、それだって外を歩くときしかつけない。そう、食事の時や会社でデスクワークの時なんかは外して机に置いてしまうのだ。 歴代の腕時計たちはみんなそのせいで何処かへ消えたのだが、可愛い可愛い恋人から貰った腕時計を失くす訳にもいかず、スマホと一緒にテーブルの上に置くようにしたら忘れなくなっていたのに。 秀一は大きく溜息をつくと、脱ぎ散らかした服を再び身につけ始めた。未練は無いが、無いと困るのだ、腕時計って奴は。しかも明日も仕事だ。 「まだきっとアイツいるんだろうなぁ…」 アイツ、とはもちろん望月のこと。 あの調子だと開店から閉店までいてもおかしくなさそうだし、下手したら閉店後に飲みに行くとかしそうだ。飲みに行ったりしたらその後何かが起きそうな気さえする。 秀一の望月に対する信頼はもはや底辺だ。 すると、ますます足取りが重くなる。 桜井と望月を2人にしておきたくないというのが本音だが、自分にそんなことを言う権利は微塵もない。それどころか、過去に付き合っていた2人、それも今もお互いに信頼関係がある2人の間に割って入る邪魔者だ。 いっそ今も2人が付き合っていて、ハッキリ邪魔だと言われた方が楽だった。 桜井が同性とも恋愛できると知って、一瞬だけ期待させられた気分だった。 どこまでも落ちていきそうな思考回路を振り払うべく、グッと視線を上げると、メガネにポツリと雫が落ちて来た。 「雨か…」 傘忘れたな。 そう思うのに、足取りは重いままだった。
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