第2話

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第2話

芳醇なコーヒーの香りが漂う店内に響くまろやかな音色。流れるように奏でられるそれにうっとりと聴き入っているようで、本当は音そのものよりも奏者に釘付け。 甘いカフェオレを口に含みながらちらりと覗き見ると、真剣な横顔が堪らなく綺麗だ。 静かに立ち上がって後ろに回る。繊細な指先、細い肩、そして無防備な背中。 全部丸ごとふんわり抱きしめて、驚いて手を止めた貴方のちょっと赤くなった頬に優しいキスを─ 「寝坊した!!!」 人間って結構凄い。 と、秀一は寝坊するたびに思う。 スマホのアラームを無意識のうちにスヌーズまで止めてしまうのだから凄い。ただ目覚まし時計をバンと叩いて止めてしまうのとは訳が違う。人間は意識がなくても結構複雑な動きをできるらしい。 なんて感心したところで時間が巻き戻る筈もなく、秀一は高く昇った太陽にガックリしながらのろのろと着替え始めた。 今日は日曜だ。 仕事は休み。寝坊したって何の問題もないのだが、桜井に会いにTraumereiに行こうと思っていたのに、モーニングの時間には間に合いそうにない。モーニングに拘る必要はないのだけど、カフェだからランチの方が混んでいそうだなという勝手な想像だ。混んでいたらゆっくり話ができないから、モーニングに行きたかっただけだ。 ─── 「…まぁ、寝坊しても来るんだけど。」 と、秀一は目の前にある古びた看板を見上げて苦笑い。 一生懸命寝癖を直した頭を撫で付けて、無意味にTシャツを引っ張って形を整え、いざドアを開けると桜井の優しい笑顔でいらっしゃいませが─ 「そこをなんとか!!お願いします奏真様!!この通りぃぃぃ!!」 聞けなかった。
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