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すぐに来てくれた店員さんに高槻さんは私の分まで注文してくれた。その店員さんが丁寧に頭を下げてから席を離れると、高槻さんが続くように腰を上げた。
「水、とってくる」
私が行きます、というのを察したのか、高槻さんは私の頭に手をぽんと乗せた。
なんだか言いくるめられてしまったかのような気分だ。口論をしていたわけではないけれど。
なんというか、至れり尽くせりだ。
一瞬、お金は私もちゃんと払おうと思ったけれど、そういうわけにはいかない。今日の約束は高槻さんが奢ることが前提で提示され、私はそれに承諾した。奢られるしかない。
お水のおかわりぐらい、私が行こう。
そんな決心をしているとテーブルに2人分の水が並んだ。
「何難しい顔してんの? 皺残るよ」
自分の席に座る前に、高槻さんが私の眉間を指先でなぞった。
「考え事? それとも今日の演奏会の反省とか?」
お客さんに気づかれるような失敗はしていない。だが、何かしら大きな出来事があれば文化部も運動部も振り返りはする。高槻さんが言うのはそういう意味での『反省』だ。それに、気づかれる失敗はないけれど、裏方を知っている身としては反省点は数多くある。
「いえ、それは家でゆっくりします」
「あ、ほんと? じゃあ、今だけは俺の相手でもしてもらおうかな」
「……すぐそういうこと言うんですから」
高槻さんに翻弄させることに不満は何一つ、もっと言えば塵一つない。付き合う前からその関係ではあったからだ。
でも、やっぱり、鼻の穴を空かしたいというか、なんというか。
古典的な言い回しになってしまうかも知れないが、『ぎゃふん』と言わせてみたい。
私もこの人をからかってみたい、というのが率直な意見だ。
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