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「電車、空いてるか分かんないけど座れたら寝て良いよ。起こしてあげる」
私と高槻さんは同じ電車を使用している。高槻さんは私の最寄りより先に駅なので、つまり最寄りまでは一緒にいられる。
せっかく一緒にいられるのに寝てしまうのなんて勿体ない。とは思いつつも、座ったら重たい目蓋に逆らえる自信はあまりない。
男の人に奢って貰うのがデートらしいと言えば語弊があるけれど、でも私からすれば良い思い出に加算できる。でもそれが高槻さんも同じとは限らない。
更に言えば電車で一緒に帰ることも別に初めてのことではない。デートらしいことがなんなのかと考え出せば思考のループに入った挙げ句、答えらしい答えは見つからなそうだけれど、でも『デートしたね』と思えるようなはっきりとした『何か』がほしい。
身近すぎる初デートだったけれど、それらしい思い出のような、残るようなものが何か欲しい。
「……あの」
高槻さんの制服の袖口を引っ張ると、高槻さんの優しい視線が降ってきた。
「ん? どーかした?」
「駅に行くまで、とは言わないです。その、人が多くなるまで」
手が汗ばんでいる気がする。やっぱり失敗かも知れない。
けど、言い出しておいてここで退いたら、多分私は退くことを覚えてしまう。それは口惜しい結果だ。
私は掌を上にして、自分の手をそろりそろりと高槻さんの前に伸ばした。
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