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「ね、ここどうするの?」
「ここはさっき教えただろ? 交点二つわかってるから六分の一公式で……」
夕陽が差す二人だけの静かな教室。開いた窓からは風によって揺れる木の音がし、数枚の葉が木からこぼれ落ちる。赤くなりはじめた空は半端ながらも綺麗に見えた。
「しい?」
「へ?! え、ああ、何?」
しいと私を呼んだ彼は不思議そうに私を覗き込む。大きな目のマッシュヘアーをした眼鏡の男子は私の幼馴染、深山治信。部活は入っておらず、勉強ばかりしており私とは違うタイプの人間。テストでは軒並み高得点を叩きだし、幼稚園の頃から一緒に育ったのになんでこうも違うのかと不思議に思う。
「しいが点数取らないと俺がしいのお母さんに怒られるんだけど?」
「ごめんごめん、ちゃんと聞くから」
しいと呼ばれる私の名前は湯浅詩歌。先程も言ったが私は勉強があまり得意ではなく、こうして放課後にはるから教えて貰っているというわけだ。
高校二年生の夏ははる曰く周りとの差をつける最大のチャンスであり、今も一番苦手な数学を黙々とやらされている。
……まあ、はると二人なんだからさっきみたいにぼーっとすることもあるんだけど。
「何、またぼーっとしてる。もしかして俺に見とれてたの?」
「いやいやいや! ないから! ぜーったいないから!!」
「何もそんな否定しなくても……」
はるの軽い冗談をやや大げさに否定してしまう。理由なんて簡単で、その冗談が本当だったからなんだよね。はるは手をぶんぶん振り回す私を嫌そうにしながら椅子ごと後ずさる。
……別にそんなに離れなくてもいいのにね? 少し前の自分の言葉を棚上げして、理不尽にもそう考えてしまう。
自分でもわかりやすいとは思うのだけど、私ははるのことが好き。それがいつからだったのかはわからない。小さな頃は普通に仲良しとしか思っていなかったはずなのに、気付けば誰よりも好きになっていた。それでも付き合うことはおろか告白さえしなかったのは、純粋にその勇気が私になかったから。心地の良い距離感に酔い、手遅れになるまでその愚かさに気付かなかった。
「あ、そうだ。俺今日も夕祈と帰るからね?」
「ん……」
夕祈とは生徒会に所属している女の子で、小さい身長とはると同じようなくりっとした目が可愛い後輩。
そして、今ははるの彼女だ。
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