雨上がりの夕陽

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 私は前髪を揺らし、それこそ少女漫画のヒロインのように、身を翻して逃げ去ることしかできなかった。  コンビニでレディース・ウェンズデーの最新刊を買い、バス停まで歩きながら読む彼の横顔に、胸の鼓動が抑えられない。真剣にコマを追ってゆくその美しい瞳。 「ウソだろ? 照慶坊大ピンチじゃん! 早く恋人行ってやれよ!」  不意に笑顔を向けられ、思わず顔を背ける。 「ん? どうかした? あれ、まだ前のページ読み終わってなかった系?」」 「ううん。ちゃんと読んでるよ。ホント、マジびっくりだよね。凛花ちゃん今・・・・・」 「さっき美味しそうに松阪牛食べたから、伊賀までは・・・・・早くても三十分はかかるから、まぁギリギリかなぁ」 「・・・・・そうだね」  暫くの沈黙。少しして、停留所にバスが入ってくる。 「ねぇ、お母さん、雨」  停留所を三つほど過ぎたあたりで、近くの席に座っていた子供が寝ていた母親らしき人の服を引っ張って呟いた。車内は普段より少し混んでいた。 「いけない! 洗濯物取り込まなくちゃ!」  窓の外に顏を向けて小声で叫ぶ母親。窓には斜めにできた水の線が増え始めていた。 「あれ? お前傘持って来た?」 「あ、そういえば・・・・・」  夕陽に夢中になり始めた頃、長く続いていた折り畳み常備の習慣もなくなってしまった。 「マジか。俺も」  一年前は二人とも傘を持ってきていたが、その性格が故に、彼は濡れて帰るハメになった。本当は、その役を引き受けるのは私のはずだった。今回もし私が傘を持ってきていたなら、どうなっていただろう。少なくとも、私の望む方向へは行かないと思う。彼だけが傘を持っていたとしても、結果は同じな気がする。  俺は濡れても平気だから。それよりお前が風邪ひかないかの方が心配。  彼の声が聞こえたような気がして、首の骨が折れるかのような衝撃で振り向くが、彼は漫画・・・・・ではなく参考書に目を落として、ひたすらに無表情だった。 「どうした?」  私の視線に気づいた彼が声をかけてくれる。 「いや、別に」  空耳。しかし、夕陽なら、夕陽の優しさなら言いかねない言葉だった。 「降りまーす」
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