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彼は横の座席に置いてある革の黒い鞄を開き、更に中から鍵付きの金属ケースを取り出した。彼は銀色に輝くそのケースを解錠し、中を私に見せた。そこには、ガラス玉の様な幾つもの球体が丁寧に安置されていた。球体の大きさは直径三センチほどだった。縦三つ、横四つにくり抜かれたスポンジにすっぽりと収まっている。ガラス玉らしきそれらは、個々に色が異なっていて、緑色の球体もあれば、どす黒い血を思わせる暗赤色のものもあった。彼はその中の一つを取り出して見せた。それは半ば冬の青空を思わせる、澄み切ったブルーだった。半ば、というのは、せっかく綺麗なそのブルーが、黒いどろどろした液体に浸食されているかのような状態だったのだ。 「これなどは、やや悲惨な死に該当するでしょうな」 死神博士はそれを電球の光に翳した。山高帽から僅かに覗く片目が不気味な輝きを放っていた。 「これらの球体は、死に至る負の情念が結晶化したものなのです」 「負の情念、ですか」 「左様。失礼ながら、あなたは満足な死を迎えられそうですかな?」 「ええ、まあ」 私は実業家としてそれなりに成功してきたし、貯えもある。今は楽隠居の一人旅だ。愛する妻には先立たれ、息子夫婦に世話になりながら暮らしている。五体はまだそれなりに動くし、認知症にもかかっていない。 「そうですか、それは結構でございますな」 死神博士は口元を歪めて見せた。その唇の曲がり方はどこか、抑えきれない皮肉な調子を帯びているように思われた。 「話を戻しましょうか。これらの球体を私は、死せる魂の玉、“死魂玉”と呼んでおります」 「死魂玉?」 「左様。先ほど申しましたように、この死魂玉には死者の記憶、想念が込められておるのです」 「死者の記憶───」 その言葉はどことなく甘味で不吉な響きを感じさせた。死神博士は続けた。 「どうです? この玉の記憶をご覧になりたくはないですかな?」 「記憶を、見る────」     
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