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 今朝、叔父さん夫婦の家を出て、どこで自殺しようかと死に場所を探し回り、ようやく午後四時を過ぎた頃に都立公園の林の中で死ぬことに決めた。木枯らしが吹き抜ける中、ベンチに腰を降ろした。風の吹き抜ける音がとても物悲しく辺りに響き渡っていた。まるで私の心のようだと思い、少し笑った。どこか適当な木の枝はないかとぼんやり木立を眺めていると、隣に奇妙な人物が腰を降ろした。山高帽を目深に被った、マジシャンのような髭のおじいさんだった。男性恐怖症になっていたにも関わらず、この人物に対しては不思議と怖さを感じなかった。彼は前を向いたままこう言った。 「私は死神博士。死を収集している」 そして、彼は私にエメラルド色の液体が入ったガラスの小瓶を差し出した。 「この薬を飲めば、あなたは死ぬ。同時に、あなたの抱える死に至る苦しみを物体として結晶化させることが出来る。例えばこのように──」 そう言って取り出して見せたガラス玉のようなそれは、とても不思議な色合いをしていた。まるで万華鏡のように複雑な光彩を放っていた。“死魂玉”というものらしい。博士は、これはとある統合失調症患者のものだと語った。 「薬を飲んで死んだ者から、これを回収しているのだよ」 「私の苦しみは、こんな綺麗な玉になれるでしょうか」 もしかするとおかしな質問だったかも知れない。しかし、彼は笑わなかった。一言、「分からない」と返して首を振った。それでも、どんな玉になっても大事に扱うと約束してくれたので私は安堵した。代償として、薬を飲んで死ぬまで、一定の時間は幸福な幻覚を見ることができるのだそうだ。私は死神博士の提案を受け入れた。 「あの……一つだけお願いが……」 「何だね?」 「私が死ぬまで、肩を貸して頂けますか?」 「…………好きになさい」     
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