1

8/8
前へ
/8ページ
次へ
 はっと我に帰った時、私は絞首台の前にいた。そうだった。私……じゃなくて、俺があの一家を殺し、少女を強姦したのだった。実業家として成功したのも、妻との幸福な思い出も、息子夫婦の存在も、隠居生活も全て幻に過ぎなかったのだ。昨夜、死神博士と名乗るあの老いぼれ爺が俺の独房に訪れた。誰も入れるはずのないあの部屋にどうやって入ったかなど、むろん俺は知らない。 「これを飲めば、死に至る苦しみを結晶化させることが出来る。それを頂く報酬として、君は服用後の一定時間、幸福な夢を見ることができるのだ」 奴はそう言い残し、「青い」液体が入ったガラス瓶を置いていったのだ。どういうことだ? あれを飲めば幸福な夢を見たまま死ねるのではなかったのか。あの少女はうまくやり遂げたというのに、なんで俺だけ────!!。 「い、いやだ!! 死にたくない!! 助けてくれ!!」 暴れる俺を押さえつけ、忌々しい看守どもが半ば無理やりに俺を死刑台に連れて行った。  真夜中の遺体安置所に現れた死神博士は、死刑囚の死体に屈みこんだ。その口から、ごろん、と何かが零れ落ちてきた。ハンカチに包み込んでそれを非常灯に翳した死神博士は、嘲るような笑みを浮かべた。それは、黒茶色の、センスの欠片もない汚い球体だった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加