偽典-五十歩百歩

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「百歩も逃げたな! この臆病者が!」 戦場で一人の男が罵った。 「君だって五十歩は逃げている。臆病なのは君も同じだ」 もう一人の男が、よく通る声で答えた。 「何を言うかっ!」  二人の間の空気がびりびりと張り詰めだしたその時、敵の流れ弾が、五十歩逃げた男に当たった。 「なぜだ。なぜ俺に当たったんだ……」 「それはやはり、私より君のほうが敵に近かったから、ではないのか」 百歩逃げた男は冷たく言い放った。そして、再び後退を始めた。  彼はこのあとも、距離の差を使い、多くの仲間を盾にして戦果を上げ続けた。  その後彼に、生き残れた理由を聞いた。 「敵の小銃の射程距離がわかれば、簡単なことです。射程距離より遠ければ当たらない。ただ、敵も当たらないとわかると距離を詰めて来ますから。つまり……、敵の射程に、別の標的を用意する、というわけです」  彼らには、射程が長い、長距離用の小銃も与えられていた。長距離用の小銃を的確に使えたのは、百歩後退した彼だけだった。 五十歩百歩  一見臆病に見える人も、心の奥底で冷静に策略を練り続けているので、あなどってはいけないということ。
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