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「ねえ、早崎くんは何描いてるの?」
「え、気になる気になる! 見せて!」
筆の絵の具が跳ね、指先を青く染めた。
あーあ、きたねーなちくしょう。油性の絵の具だから絶対慎重にやろう、って思ってたはずなのに、不器用だから開始早々でこんなことになってしまうんだから、俺は。いつもそう。更に言えば、指よりもっと悲惨なのはこの絵だ。死ぬほどはみ出まくってるカラフルな色は、正直自分でも「ないな」と確信できる出来だった。
「なあ、誰かティッシュ持って……って、あー」
俺は隣近所にいるはずだったクラスメイトの女子たちに話しかけようとして振り向いたけど、ここら一帯は空席だった。行き場のない言葉が虚しく教室に響く。代わりに聞こえてきたのは、キャイキャイと黄色い女子たちの声。
「え、スゴーイ早崎くん!」
「やっぱ美術部なだけあるね?! さすが!」
あー、早崎ね。はいはい。
目の前に広がるのは、早崎とかいうクラスメイトに群がる女子数名の図だった。お決まりの、というかお馴染みの光景にうんざりしながら俺は早崎を見つめる。あいつ、クラスメイトの女子全員の心をかっさらってやがるな。しかも本人満更じゃなさそうだし。むっかつくわー、マジむっかつく。
満更じゃなさそうっていうのは、男の勘だ。本人はどうやら表情ひとつ変えずに作業に没頭しているようだけど、男の俺から言わせてみれば、あのハーレム状態において平常心を保てる男なんてこの世の中にはいない。ああいう、早崎みたいに無表情の男でも心の中ではウハウハのお猿みたいになっているはずだ。いや、絶対そう。間違いない。
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